オランダ留学記

トラブルが寄ってくる体質。2022年8月から2023年7月までオランダの大学に交換留学にきています。純ジャパ。

ウィーン・プラハ旅行記3。祖国に反旗を翻した男の夢の跡、ベルヴェデール宮殿。

ウィーン2日目の午後はベルヴェデール宮殿からスタートです。ベルヴェデールは門外不出の「接吻」をはじめ、世界最大のクリムトのコレクションを所蔵するオーストリアを代表する美術館です。

 

屋敷は、上宮(Upper Belvedere)と下宮( Lower Belvedere)から成り立っていて、高低差のある二つの宮殿をバロック造園建築の最高峰と言われている庭が繋いでいます。

こちらが上宮。2023年は建設300周年だそうです

奥に見える赤い屋根の宮殿が下宮

上の写真でも分かりますが、傾斜地に立っているため、特に上宮からは美しいウィーンの街が一望できます。そのため、美しい眺め(ベルヴェデール)と名付けられたそうです。

 

上宮のエントランス正面には大きな池もあります。

やっと天気が良くなってきました

 

世界的に人気なクリムトが所蔵されている美術館なので、時間枠で見学が指定されていますが、ウィーンパス購入者にはいつ訪れても入場できる特典があります。

www.viennapass.de

観光地ってそれほどたくさん回れるわけでもなく、それを考慮するとこういう観光パスはすごくお得感があるわけではないですが、いちいちチケットを購入しなくてもよい便利さや、本来有料だったら寄らない場所が思いの外素晴らしかったなどの機会費用を買うという意味で、自分は観光地に行ったらパスを購入することが多いです。

 

それでは入っていきます

 

豪華な大理石の間

天井に続く部分、立体彫刻のように見えますが、平面に描かれてます。絵画技術ってすごい。

シャンデリアもすごい

 

天井絵(フレスコ画)。ちゃんと下から見上げて見るように描かれた構図なんですね。

上ばかり見て首が疲れました。


ベルヴェデール宮殿はハプスブルグ家に売却される前は元々彼の屋敷でした。

ハプスブルク帝国を支えた軍事の天才

プリンツ・オイゲン・フォンサヴォア

オイゲンはフランス貴族としてパリに生まれ、高い教育を受けて育ちます。しかし、母親の宮廷スキャンダルや容姿による差別のため、ルイ14世よりフランス軍将校になることを幾度となく拒否されます。屈辱と絶望を胸に、彼はフランスの宿敵ハプスブルクに仕えることを決意します。というよりも、志願した彼を拾ってくれたのがハプスブルクでした。

その後は、オーストリアの軍人として目覚ましい戦績をあげ続け、最強と恐れられたオスマン帝国、そして母国フランスを生涯苦しめ続けました。

 

教訓:人を見誤ってはいけない

 

彼が軍事の天才としてヨーロッパ全土に知られるようになった頃、フランスの宮廷人が、希望なんかないような子だったのに、と回想したそうです。

出典:https://de.wikipedia.org/wiki/Eugen_von_Savoyen

 

ベルヴェデーレ宮殿は、移民としてウィーンにやってきた青年が、覚悟と才覚で築き上げたつわものの夢の跡。彼は生涯独身だったため、死後、宮殿は姪の手を経て、ハプスブルク家に売却されました。

 

 

さて、次なるつわものはこちら。教科書で見たよ、お前ここにいたのか、の一枚。

ダヴィッド『サン・ベルナール峠を越えるボナパルト

実際はラバに乗って震えながら峠越えしましたが、ナポレオンからの画家への注文は


盛れ。加工しろ。

 

なので、こうなりました。俺に似せたってしょうがない、才能を感じさせろ、と言ったナポレオンは、人は如何にイメージに左右されるか、というそこのところよく分かってるなと思います。

宣伝ポスターは一枚じゃ到底足りないわけで、同じ構図の絵がこれをふくめて5枚制作されています。

 

 

おもろい顔大会も開かれていました

 

メッサーシュミットはこういう特徴的な表情の頭像で有名な彫刻家

心を病んだ自分をモデルに制作したそうです。病んだ自分が制作の源ってすごい話だな、と思いました。

 

さて、ここからクリムトです。

暖炉にあたる女性

これいい絵ですね。暖炉の火のはぜる音が聞こえてきそうな静かな絵です。

 

フリッツァ・リードラーの肖像

詳細な人物描写と幾何学的な背景の対比がおしゃれで、ウィーンの洗練を絵にしたらこうなった、みたいな絵。椅子の模様が、エジプトの目(ホルスの目)っぽいなと思ったら、やはりそうだそうです。

 

映画にもなったので有名な、ニューヨークのノイエ・ギャラリーにある、「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I(黄金のアデーレ)」にもホルスの目が使われてます。

Picture from https://www.neuegalerie.org/sites/default/files/2018-11/2006.04_thumb.jpg

ナチスによって個人から略奪され、戦後所属権を争った映画はこちら。それまでは、ここベルヴェデーレに所蔵されていました。

www.youtube.com

 

 

さて、次はクリムトの代名詞になっているこちらです。

接吻

まばゆい。金がここまで効果的に使われている作品って他にないと思います。クリムトは彫金師の息子だそうですが、生まれた家のリソースをフル活用してます。資源の最適活用が成功の基本ですが、クリムトもその一人。

 

金の使い方は尾形光琳の屏風にも影響を受けているそうです。



家族

顔色の健やかさと、暗色の背景が印象的な絵。ここまで見たら、クリムトの絵が人気な理由分かってきた気がする。顔の表情が色鉛筆で描いたみたいに柔らかいから、モダンなのに親しみやすいんだ、たぶん。

 

アダムとイヴ

堕落へと落ちるイヴではなく、性を肯定する女性美を描いたのだそう。女性が大好きすぎるクリムトが描いた全くエロくないヌード。後ろの冴えない顔のアダムはもはや霞。

 

女性と猫好きなおやじでした
Photo From https://www.culturedmag.com/article/2023/03/08/gustav-klimt-artist-painter-the-kiss

アマーリエ・ツッカーカンドルの肖像

クリムトが制作途中で亡くなったため、未完。未完ゆえの良さってあります。

 

クリムトの顧客は裕福で教養高いユダヤ系が多かったそうですが、この絵のモデルの女性もナチスの犠牲になりました。戦後、黄金のアデーレと同様に所有権が争われた一枚。こちらはオーストリアが所蔵。

 

 

クリムトは風景画も良き。

Forester's house in Weißenbach I(日本語タイトルわかりませんでした)

この埋め尽くす花の数がキューケンホフ公園を思い出させる。

2023年キューケンホフのエントランス

ひまわり

接吻と似たような構図だなと思いました。俯いた姿に、聖母を模しているとの解釈もあるそうです、なるほどねー。(言われたらそう見える人)

ひまわりの咲く農家の庭

アッパーオーストリアの農家

果物がたわわに実った木々があって、こういうところでバカンスいいですね。

 

ホロフェルネスの首を持つユディト

寝首をかかれてもこんなに喜ばれたら本望です、みたいな絵。

 

 

出てきました

ベルヴェデーレでのTakeaways:

1. 人を見誤るな

2. イメージ戦略を持て

3. リソースをフル活用せよ

以上。

注:美術館です

 

さて、有意義な学びがあったとこで、ここからはウィーン中心地をブラタモリします。

ウィーンは路面電車が本当によく走ってます。ここにも4本写ってます。

よくみると、カジノもバーガーキングもマックも大麻ショップもあるのに、なぜかシックに調和する街。ウィーン、おそろしい子

 

ウィーンの目抜き通り、ケルントナー通りを進んでいきます

 

シュテファン大聖堂の手前で左折してグラーベン通りへ。

ペスト記念柱

よく一本の柱をここまでデコったなということに感動。これはマリア・テレジアの祖父が建てたもの。ペストは何度も定期的に流行し、人々を苦しめました。

 

グラーベン通りの突き当たりには、ウィーンの高級スーパー、ユリウス・マインルがあります。

日本でいう明治屋とか成城石井的存在

 

観光客で賑わってます。ヨーロッパなのにサービスが行き届き、店員さんたち非常に感じが良いです。


もともとはコーヒー豆専門店だったため、コーヒーの自社ブランドが豊富です

中段のウィーンブレックファスト買いましたが、美味しかったです。ホールビーンズで売ってる商品も会計時頼めば挽いてくれます。

お土産に最適なモーツァルトやエリザーベトのパッケージもあります。コーヒー屋のコーヒーなので、味も絶対外れないのがいいです。

 

オーストリアの本気のジャム愛を感じる陳列棚。

親に頼まれて、上段2段目にあるこのシュタウトのアプリコットジャムを買った

果物の味が濃くてブランデーの香りもして、これめちゃくちゃ美味しかったです。今までジャム舐めてた。(まあ舐めますよね、物質的消費には)

 

でも日本のアオハタ55も十分美味しいです。

 

 

 

中食的なものも売ってます。

ウィーンはオーバーツーリズムで人気レストランは長蛇の列なので並んで疲れたり、ハズレを引くより、こういうのをピックアップしてホテルでゆっくり食べるのもいいかもしれません。

 

結構本格的な寿司も並んでました。美味しそう

ユリウス・マインルを出て、コールマルクト通り(ブランドショップ通り)を歩いてデメルに向かいます。

 

デメル本店に到着

カフェ待ちの長蛇の列ができてます

 

ナルトもデメルデビューしてました

オレンジレッドがなんかわからんけど高級感を漂わします

とりあえず定番のザッハートルテを買いました。ちょっと甘すぎるけど、チョコレートにシャリっと感を出す技術は流石デメルでした。

 

17時になりました。朝からずっと歩いて疲れたので、一旦アパートに帰ります。

シュテファン大聖堂が見えてきました

 

でかいなあ

 

ハプスブルクの教会なので、屋根にも紋章の鷲がついています。かっこいい。WW2後修復されてますが、それにしてもこの急な傾斜にどうやってタイル張ったんだろう。高所恐怖症でなくても、ふらっとしそう。

Photo by https://en.wikipedia.org/wiki/St._Stephen's_Cathedral,_Vienna#/media/File:Wien_-_Stephansdom,_Dach,_nordseitige_Wappen.JPG

 

正面のファサード

 

中には翌日入ります

 

アパートに行くと、今日は流石にパスコード有効になってました。昨日のうちにやってくれよ。

okuno.hatenadiary.com

 

少しゆっくりして、20時過ぎ夕食に向かいました。疲れたので近場で済ませます。

夏時間もありますが、5月なのでヨーロッパは9時ごろまで明るいです。

 

着きました

 

昨日は入れなかった、スペアリブの人気店

Mariahilferbräu (マリアヒルファー・ブロイ)

https://maps.app.goo.gl/jBVpUmcg4Ktxax1YA

地元の人にも人気で、シュニッツェルやスパッツェルなどの郷土料理とビールがカジュアルに楽しめます。

 

酔っ払っておっちゃんたちが陽気にジョークとばしあってました。楽しそうで良き。

 

少し甘めでローリエなどハーブやスパイスが効いていてジューシーで本当に美味しかった。すごいボリュームだけど、骨もあるので意外にいけた。マヨネーズは苦手なんですが、このソースも美味しかった。このちょっとしたサラダも良くて、玉ねぎの甘さが肉ととてもよくマッチしました。

 

この日もたくさん歩いたので、ホテルに帰ってソファで来週の授業の確認をしようと思っていたのですが、授業資料を眺めているうちに寝てしまいました。

 

これでウィーン2日目終了です。今日もお付き合いいただきありがとうございました。

 

ウィーン・プラハ旅行記2。シェーンブルン宮殿

ウィーン二日目の朝です。

 

オーストリアを代表する観光地シェーンブルン宮殿は、日中は激混みで入場に数時間待ちも当たり前ということで、多くのアングロサクソンの弱点であり、大抵のアジアンの特技であるコードネーム”早起き”という作戦を仕掛けることにしました。

 

8時半(開館時間)に合わせて行動開始。

人影ほぼ見えず、作戦成功の模様

ただこの戦法の唯一にして最大の弱点は、

誰でも思いつけるためもはや戦法ではないということで、

実はすでに人はそれなりにいて、受付の人に、

”今すぐのツアーに入る?枠はあと2名よ。次だと10時の回になるけどどうする?”

というくらいの薄氷の勝利でした。

 

シェーンブルン宮殿の外壁の黄土色は、シェーンブルン・イエロー呼ばれているそうです。黄色は富の象徴ですが、特にハプスブルク家によって使われたこの色は、ステータスの象徴として、領内の大貴族の屋敷や教会などに採用され、徐々に裕福な庶民そして農民にも浸透し、当時のオーストリアを代表する色になりました。

(出典:https://secretvienna.org/i-want-schonbrunner-gelb/

もともとは夏の別荘なだけなのに部屋数1400室。エンドレスかくれんぼが可能

ツアーでは40室が一般公開されています。残念ながら撮影不可だったのですが、まあ、よくこんなに手を変え品を変え豪華にしたもんだなという部屋が延々と続きます。

 

ヨーロッパにハプスブルク家ありと言われた権勢とそれに付随する強力な富の吸引力を改めて感じました。ただ、フランツ・ヨーゼフ1世の書斎は、彼の真面目な性格を反映して簡素でした。

 

彼の奥さんは美貌で有名なこの方。

オーストリア皇妃エリーザベト
Photo from New York Times
https://www.nytimes.com/2022/10/07/movies/the-empress-corsage-sisi.html

音声ガイドによると、彼女の美への執着は非常に強く、食べない、運動する、が基本スタンスだったそうです。実際に使用した運動器具なども展示されていました。

 

30代半ばからは写真を撮られたり、絵画に描かれるのを嫌がるようになったそうで、若い綺麗なころの自分を皆に記憶していてもらいたい、という彼女の望み通り、当時も今も「美しい人」のまま人々の記憶に凍結されています。

 

さて、1時間のツアーが終わり、庭園に移動しました。果樹園、動物園などがある広大な庭園は無料で解放されています。

藤が満開でした。藤って日本の固有種なの知りませんでした。

 

見てきませんでしたが、日本庭園もあるそうです。

まだ5月ということで、内陸国オーストリアの花の季節はまだ先です



とりあえず、目指すのは丘の上に建つグロリエッテ。

最短距離を移動してもグロリエッテまで1キロ以上あります。

宮殿見学の疲れを庭園で癒しましょう、みたいなことがパンプレットに書かれていたけれど、いや、疲れ倍増だから、というくらい広大な敷地です。

 

中間地点とも言えるネプチューンの噴水に到着

ヨーロッパの噴水あるあるだと思うのですが、彫刻の存在感がありすぎで、噴水というより水場にある彫刻です。

 

シェーンブルンは、ドイツ語で美しい泉という意味ですが、今でも水が庭園内に沸いているそうです。ちなみに、ウィーンの水道水はアルプスの雪解け水を使用しているため美味しいことで有名です。実際アパートメントの蛇口から水を飲んで、え、うまっ!とコップを2度見しました。(オランダの水道も水質的には飲料可でしたが、うまいかどうかはまた別問題です)

 

丘を登ってきました。

マリア・テレジアの命で建設されたグロリエッテ

今でもガラスの天井、と女性の社会進出を妨げるバリアはありますが、マリア・テレジアの時代もありました。父の後を継いだとはいえ、彼女は女性なので、神聖ローマ帝国の皇帝にもなれません。そしてハプスブルク当主になるや否や、女のお前を当主として認めてやるかわりに領地を分けてよこせとハプスブルク潰しが始まりました(オーストリア継承戦争)。彼女は赤ん坊を同伴して領内を駆け回り戦いを乗り切りました。グロリエッテはその戦勝の記念建造物です。

 

20年間で16人の子供を産みながら、激動のヨーロッパの真ん中で政治手腕に長けた君主としてハプスブルグ帝国を支配しました。ちなみに、娘のマリー・アントワネットが美しいと有名ですが、実は母親のマリア・テレジアの方が美人として有名でした。

 

若き日のマリア・テレジア
Picture from ウィーン美術史美術館
https://www.khm.at/objektdb/detail/2413/

 

こちらはマリー・アントワネットマリア・テレジアの面影もあります。

翌日訪問したウィーン美術史美術館で撮影

説明には、フランスに住む娘から来たこの絵を見て、娘の元気な様子にマリア・テレジアは大喜びをして宮殿に飾った、と書かれてありました。その後の歴史の激動はまだ誰にもわかりません。

 

さて息も絶え絶えに登ってきた報酬として、この丘からはシェーンブルン宮殿の背後に、ウィーンの街並みが一望できます。

中央右にはシュテファン大聖堂の尖塔がみえます。

しかし、ウィーン・パスを購入した者にはさらに高みを目指す権利が与えられています。(普通に入場料をエクストラで払えば誰でも登れます)

というわけでグロリエッテに登ります

 

おー、やはり違います。素晴らしいパノラマビュー。



右手にはグロリエッテにまっすぐ続く道路と、ヴィエンナ・ツインタワーも見えました。



中央の鷲のモニュメント。冠と笏をしっかりと保持。継承戦争に勝ったという万感の思いが伝わる彫刻

ということで門まで戻ってきました。時刻間もまもなく12時、激混みになってきたシェーンブルン宮殿を出発しました。


U4(地下鉄4号戦)に乗って、カールスプラッツ駅まできました。お昼ご飯の目的地まで歩いていきがてら、街中散策。

ウィーン工科大学

 

カールス教会

マリア・テレジアの父、カール6世がペスト撲滅祈願のために建てた教会。世界中を震撼させたペストの前になすすべもなく、神に祈るという最後の一枚の切り札感を感じる、荘厳さ。Covid-19 を経験した我々にも、パンデミックへの不安や恐怖は共感できます。

 

世界の環境は我々が守る、と意気込むEU (最初に汚したの君たちだけど)、電気自動車の普及率は高いです。



日本国旗が掲げられているのは、高級ホテル、ホテル・ブリストル

場所柄、ラフマニノフホロヴィッツカラヤンバーンスタインなどなど今も昔も世界の名指揮者演奏家たちの常宿です。

 

とても長い路面電車


目的地に着きました。

 

ウィーンの有名なホットドックスタンド、愛嬌のないうさぎが目印の

Bitzinger Sausage Stand

https://maps.app.goo.gl/p2LTuaFTCAcWN87w8

長蛇の列ですがさくさく進みます

現金のみなのでそこだけ要注意です。前の人が現金がなくて、友人に声掛けしたりして10分くらい待ちました。

買ったら、スタンドやそのあたりに腰掛けて皆食べます。

 

実物の画像がないので、画像拝借しました

Photo from Just Go Places
https://justgoplacesdotme1.wordpress.com/2015/02/04/the-best-sausage-stand-in-vienna/

 

ウィーンのホットドックは、バゲットに穴を開けてそこにソーセージを挟みこむという、絶対ソーセージが落ちない合理的スタイル。そしてドイツもそうですが、肉食文化圏はやはり肉を調理するのが上手です。スパイスの配合が日本のソーセージと違うのか、しみじみ美味いです。

 

このお店の素晴らしさは、こちらの建造物を眺めながら食事できるところにもあります。

オーストリア国立歌劇場
音楽の都、ウィーンの聖地の一つです。ウィーンで年越しするならここで「こうもり」聴きたい。

実はソーセージブレッドを2個購入して、余ったら後で食べようと思っていたのですが、朝ごはんを抜いて、広大なシェーンブルン宮殿を歩きまわっていたので、エネルギー不足だったのか2本完食。エネルギーチャージ完了したので、次の目的地、ベルヴェデーレ宮殿に移動しました。

ベルヴェデーレ宮殿ハプスブルク家の持ち城の一つ。

ウィーン市街を見て感じたのは、あれもこれもハプスブルグの王宮でどんだけ城持ちなんだということです。

 

長くなりすぎてしまうので、一旦ここで締めます。

ベルヴェデーレ宮殿オーストリア第二の規模の誇る美術館で、こちらの絵が所蔵されていることで有名です


それでは、今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

日吉吉日

ご無沙汰しております。

灼熱のような夏を耐えていると思っていたら、なぜかあっという間に師走になっており、慄いているこの頃です。

 

さて関東では神宮外苑の銀杏の色付きが連日ニュースを賑やかせていますが、日吉キャンパスの銀杏並木も見頃になっています。

快晴の日で、加工したのかというくらいイチョウが輝いていますが、無加工です。

神宮外苑はスタイリッシュに剪定されていますが、日吉のいちょうはもっとのびのび "いちょう" らしい。

近所の方や保育園のこどもたちの散歩コースにもなっておりますので、神宮外苑行きたいけど激混みだしなあ、という方には日吉のイチョウもなかなかおすすめです。

 

ちなみにこちらは12月初めに側を通りかかったときの神宮外苑です。

現在円安で外国人旅行者のお財布に優しい日本。日本語に混じって多言語が飛び交っていました。

緑から黄色に移り変わっていくコントラストも美しい

隣には日本が誇る商社、伊藤忠の東京本社。もはや見慣れた風景なのか、それともイチョウを愛でている暇などないのか、窓には人影見えず。



秋学期は5限がある日が多いです。

贅沢品の消費文化を社会学と経済学から考える。有閑層の見せびらかしとそれに憧れる一般人。結局人は感情の生き物だということ。なかなか面白い授業です。

授業が終わり外に出ると、マテリアリズムの灯りがきらきら。

真っ暗、そして寒すぎる。

あまりに寒いので電車に乗る前に、暖をとるためスタバへ。

エクストラホット、85度で作ってもらいました

シロップをホワイトモカにすると美味しいと先輩に教えてもらいましたが、本当でした。ジョイフルティラテ、おすすめです。

 

11月にはIMFのディレクターの方との座談会がありました。努力を継続すること。結局マジックなんてないもんなぁ。

 

最近週に数度ジョギングしていますが、月並みですが朝の空気は清々しく、誰もいないキャンパスを駆け上がって行くのも気分爽快です。

奥に見えるのは日吉記念館、通称リンカーン・メモリアル

まだ手垢が付いていない1日っていうのを感じられるのが早起きの良いところですよね。早起き苦手ではあるのですが、この一瞬のために起きる。

武蔵小杉のタワマン郡も朝日に照らされてます。

谷川俊太郎の詩「朝のリレー」を思い出します。

”この地球では

いつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ”

 

いつも会う猫たち。いつ会ってもこの悪い顔。そこがかわいい。

矢上キャンパス側。夕焼けが美しい日でした。

 

とりあえず12月は、もう少し頻度を挙げてブログを更新し、年末までに書きかけのウィーン・プラハ旅行記を終わらせたいなと思っています。

今ちょっと出かけているのですが、こちらも帰国後ご紹介したいと思っています。

それでは、お忙しい時節かと思いますが、どうか体調に気をつけてお過ごしください。





ウィーン・プラハ旅行記1。トラベルはトラブル。ウィーンの夜道で立ち往生

早いもので日本に帰国して3ヶ月経ちました。

大学も10月から授業が始まりました。それにしても、この1年間で日本のインフレはかなりだったんですね。大学近くの焼き鳥屋さんの焼き鳥の値段が、80円から120円に上がっていました。150%上昇ってやばいです。

 

さて、夏休みは長期のプログラムに参加したり、コロナに罹ったりとブログを書いていなかったのですが、2023年5月18日から23日まで行ったウィーン、プラハ旅行の記事から再開したいと思います。よかったらお付き合いください。



 

出発日の5月18日はキリスト昇天祭でした。この日はベルギーやフランスなど他のヨーロッパの国同様オランダも祝日でした。もちろん、オーストリアもです。(ここ一番大事)

 

14時過ぎに大学最寄りのオード・プランタージュ駅を出発。この駅、いつも使ってたのでなんだか懐かしいです。

ロッテルダムセントラル駅で乗り換えて、スキポール空港を目指します。

このとき乗ったインターシティは新車両でとても綺麗でした。

スキポール空港は激混み空港として有名なので余裕を持って行ったら、EU域内移動ということでさくさくチェックインできて、15時半過ぎには出国エリアに。17:40の出発まで2時間もあるんだけど。

しょうがないので、エリア内をぶらタモリ

鮮やかな青いユニフォームはオランダのフラッグ・キャリア、KLM(オランダ航空)のもの。

ロッテルダム市内でもこの制服を着て通勤退勤中の職員の方を日常的に見かけました。KLMの制服とスーパー、アルバートハインのバッグは青いからよく目立ちます。

 

オランダといえばチューリップ。空港でも球根が販売されています。

ちなみに左の前列はオランダ土産の定番の一つ、木製のチューリップ。そして奥に陳列されているのはチューリップの切花です。ヨーロッパは花を送り合う文化があるので、移動が数時間のEU圏内だと、確かによいオランダ土産になりそう。

 

ここに来ると、とりあえず場所と飲み物(と安全)をいつもの手順で確保できるという意味で、スタバはもはや世界のインフラ。

 

アムステルダム〜ウィーン往復は、オーストリア航空を利用しました。機内は、オーストリアの国旗を彷彿させます。

17時40分出発予定ですが、搭乗開始は17時30分過ぎ。当然ながら遅れる。

チケット代は日本円で往復3万円ほどでした。色々格安チケットを探したのですが、吊り値段には手数料や燃料サーチャージなどが別になっている場合がほとんどで、あるあるですが全てを加味すると結局空港会社から直で購入するのが一番安いということが判明。

やっと離陸しました。

左に見えるのは、アムステルダムと北海を結ぶ水上交通の大動脈、北海運河。河口には欧州最大規模の排水設備(アイマウデン閘門)が目視できます。

上空から一望する運河群。オランダにいると運河、水路は見慣れた光景であるものの、空からみるとやっぱり圧巻です。

水と生きる、はサントリーのキャッチフレーズですが、むしろこの言葉はオランダに捧げたい。

 

スキポールとウィーン間の飛行時間は1時間50分でした。

オーストリア航空の機内サービス、チョコレート1個。以上。

 

高度が下がるにつれてどんどん緑が濃くなってきました。久しぶりに森らしい森を見ました。内陸に来たことを実感します。

 

ヨーロッパは強い偏西風の影響下にあるので、世界的にみて風力発電が非常に盛んな地域です。なのでオランダも含めて農業地帯では、風力タービンが林立しています。

 

19時40分にウィーンに到着。

 

入国にどれくらいかかるかなと思っていましたが、そういえばEU域内。チェックも一切なく、あっという間に10分後には到着ゲートへ放出されました。

 

ウィーン国際空港は、賑やかなスキポール空港に比べると地味で小ぶりな感じの空港でした。

 

この時点で20時過ぎ。予約しているアパートのチェックインは22時までなので、余裕で間に合うとは思いましたが、とりあえず最速かつ簡明なシティエアポートトレインを利用してウィーン・ミッテ駅まで移動することにしました。

専用のプラットフォームもあり、さらに降車するウィーン・ミッテ駅がターミナル駅なので、ウィーン初心者及びドイツ語弱者に優しい仕様。その分料金は高いけど。

 

列車内。清潔ではあるけれど特筆事項なし。

ウィーン・ミッテ駅から隣接するラントシュトラーセ駅に移動して地下鉄4号線(U4)に乗り換えます。

打刻機。ヨーロッパあるあるですが、改札がないので自分でチケットを打刻しなければいけません。

これをうっかり忘れて検札に引っ掛かるとなかなか高額の罰金(最低105ユーロ)が課せられます。

 

U4に20分ほど乗って、10分歩いて、9時半には宿泊施設に着けるはず、荷物置いたら速攻夕飯に行こう、とこのときは思っていた。

ウィーンの地下鉄の印象ですが、乗っていて思ったことは、なんか居心地悪いなということです。移民街を走る路線であること、時間帯が遅めというのもあるのかもしれませんが、とにかく乗客の視線を四方から感じました。また、決定的なものがあったわけではありませんが、なんか人に余裕がないような感じを受けました。

 

今回はウィーン15区にあるアパートメントハウスに3泊予約しましたシェーンブルン宮殿まで徒歩で15分ほどで行け、一泊80ユーロくらいと観光都市ウィーンとしては値段も安かったです。

 

最寄りはランゲンフェルトガッセ(Längenfeldgasse)駅。移民多めの労働者階級地区のようです。駅に降り立つと真っ暗(ヨーロッパあるあるですが)で、壁はスプレーによる落書きだらけ、警察署もスーパーも明かりは消え、煌々と光るのは大麻の自販機のみ。建物の奥の暗闇で人影がちらほら見えるのが逆に怖い。ウィーンの治安は悪くはないとはいえ、人まばらな道を21時半にスーツケースをごろごろ引いて歩くのは結構緊張しました。

 

5分ほど歩くと、明るい交差点に出て、そこまで来るとアパートメントホテルの入っている建物までは50メートルほどです。事前に教えてもらったパスコードを入り口の門で入力して無事入館。あとは、部屋に入るだけ、と部屋のドアに再度パスコードを打ち込んだところ

 

Unauthorized Passcode!(パスコードは無効です)

 

えっ、おっと、疲れていて間違ってしまったぜ、と再度入力。

Unauthorized Passcode! (パスコードは無効です)

 

え、別のパスコードあったっけ?とメールを読み直したけれど、

 

「このパスコードを入力して門とルームのドアを開けてね!それじゃよいウィーンステイを!何かあったらスタッフがいるから、22時までは以下の電話かWhatsAppに連絡してちょうだい!マリアより」

 

というような内容だったので(実際はもっと詳細に書いてましたが)、パス無効でドア開かないんだけど、という旨を書いて連絡を試みるも、WhatsAppまさかの全既読スルー。

 

まじかよ。電話をかけたくともオランダの通信会社の携帯からは掛けられません。とりあえず22時近くまで待ってみたものの、連絡はついに取れませんでした。

 

これだよ、ヨーロッパ💢!日本じゃ客のメールに既読スルーありえないから!!

 

と心の中で愛国心が着々と育まれていくのを感じつつ、次の一手を考えます。このままでいくと、気温8度の薄暗い廊下でアジアンホームレスになる。それはなんとしても避けたい。

 

幸い、ブッキングドットコムで最寄りのホテルを探したところ、先ほど降りた駅周辺のホテルに空きが1室のみあったので、速攻そこを予約しました。

 

1泊約150ユーロでしたが、抗議して会社側に1泊の返金と新たに予約したホテル代の差額を払ってもらいました。といっても、ここはヨーロッパ、物事がすんなり進むことなど10に1つもあるわけはなく、めんどくさいやり取りが延々と繰り返されます。(それでも、この会社は返信をしてくれて返金をしてくれたのでマシな部類です。抗議を無視してノーリプライという対応も普通にあります。)

以下、メールのやり取り

パスコードミス、そっちの責任です。SNSも時間内なのにスルーしたし。返金と差額払ってください。

 

あなたにとってそれは確かに不幸だった。でも、あなたは電話しなかった、電話なら対応できたのだから、私たちはあなたにお金を払わない。

 

いやいや、外国人だから電話使えなかったんです。代わりにSNSで何度も22時前に連絡しましたよ。

 

私たちはSNSは夜に確認しません。

 

いいえ、あなたたちは確かに確認したのにスルーしてました。証拠のスクショ送ります。

 

。。。上司に確認し、今回は特別にあなたに対して一泊の返金に応じます。

 

いやいやいや、ホテル宿泊の差額もそちらが払うべきです。だって、そちらがパスコードミスしなければ、予約せずにすんだ予約です。

 

上のやり取りを見ても分かりますが、彼らのパスコード設定ミスは"あなたにとって不運だった"のであって、彼らは決して"私たちが悪かった"とはいわないのです。何故なら謝ることは、全過失を認め、全責任を負うことになるからです。

 

その後しばらく返信がなかったため、5度ほど催促した結果、やっと差額も払ってもらえることになりました。こういうやり取り、時間も気力も取られるので好きではないのですが、権利を主張しないと損を押し付けられる。自分を守るために主張し続けなければいけない。それがヨーロッパで暮らすということなんだと思います。

 

若いうちに留学して海外と対等にやっていける国際感覚を学んで来てください、とよく日本で言われましたが、ヨーロッパ流の世界と対等にやっていく術とは、自分のマージンを死守するための主張や押しの強さを体得するというのと同義じゃないかと思います。西洋人の利害が関わったときの態度の変貌ぶりは日本人の想像を超えます。

 

ヨーロッパはため息が出るほど美しい国が多く、豊かな文化が存在し、食べ物も美味しく、素晴らしい人々もたくさんいますが、基本自分を守るための闘いが絶えず繰り広げられている精神的戦場でもあると思います。

 

さて、ちなみに後で調べたのですが、こういうアパートメント型の宿泊施設の場合、コードエラーで部屋に入れないケースは結構あるようです。移動のため無理なこともありますがなるべく早めに宿泊施設に着いておく、あるいは夜が遅い場合はホテルに宿泊するなどして、トラブルを避ける必要があるな、と感じました。

 

さてさて、ホテルが確定したので、先に夕飯を食べにいくことにしました。

疲れたから肉だ!と思い、徒歩10分ほどのこちらに向かいました。

 

ウィーンのスペアリブの名店

Mariahilferbräu

https://maps.app.goo.gl/AnEdDLVbrETK5YvK8

 

しかし、

本来はやっているんですが、今日は祝日だからもう閉めるんです、と言われてしまいスーツケースをごろごろ引きずりながら次の候補へ。

 

深夜0時までやっている、美味しくて手頃とこちらも大人気のお店です。

Gasthaus Quell

maps.app.goo.gl

 

しかし、

ドアには祭日なので本日休みます、との張り紙。祭日って飲食店のビジネスチャンスなんじゃないの?と日本やアメリカ的思想では思いますが、ヨーロッパは家族のため自分のための日ということで日曜祭日は基本店を閉めてしまいます。

 

そういうことで、入れるはずの部屋に入れず、夕飯に向かうも2軒振られ、石畳と相性のこの上なく悪いスーツケースを1時間がらがらと引きずった日本人青年は22時半、祭日のウィーン移民街に、絶望と疲労を滲ませしばらく佇んでいたと伝えられています。

 

しかし、青年は先ほど通ったアパート近くの明るい交差点にレストランがあり、人が食事をしていたというのを思い出しました。

 

ということで移動開始。

Das Eduard

maps.app.goo.gl

まだやってますか?と聞いたら、やってるよ!どうぞ!

 

まじか、よかった!

 

灯がともる店内で席に座れることにしみじみ幸せを感じました。

幸福の閾値が下がると、小さなことに喜べていいですね。花にも和みます。

 

ウィーン名物、シュニッツェルを注文したのですが、ポークは売り切れてチキンのみでした。残念でしたが、チキンで注文。テイクアウトで、これもウィーン名物、アップルシュトゥルーデル(ウィーン風アップルパイ、写真奥)も注文しました。

チキンのシュニッツェルはいわば普通のチキンフライですが、パン粉が細かいからかカリッと歯触りが良く、胸肉は柔らかく美味しかったです。

そして特筆すべきは、このウィーン風ポテトサラダ。

今後はポテトサラダはこれ一択でいいというくらい美味しかったです。ビネガーがしっかり効いていて、ベーコンの塩気もちょうどよく、レタスリーフともとてもよく合いました。これだけでもまた食べに行きたいです。

 

皆楽しそうに会話していて、ご飯も美味しくてよいお店でした

 

ホテルに着いたのは24時。シャワーを浴びた後は、いつの間にかベッドで落ちていました。この旅で一番疲れたのがこの初日でした。

 

次回からは、世界を魅了するヨーロッパの美しい風景をたくさんご紹介していきたいと思います。今回もお付き合いいただきありがとうございました。

 

ロンドン旅行記4、雨の最終日はナショナル・ギャラリーで名画鑑賞。ルートン空港からスキポール空港へ

 

 

ロンドン旅行記最終日です。

4日目の朝は、ホテル(寮)をチェックアウトして、まず初日から気になっていた最寄りのベーグルショップへ。

 

ロンドンで人気のあるベーグルチェーン、Bベーグルのトッテナム・コート・ロード店。

エブリシングのベーグルをトーストして、スモークトサーモンとクリームチーズを挟んでもらった。

コーヒーとよく合い美味しかったです。クリームチーズ&スモークサーモンに関しては、二日目に行ったベーグル・ベイクももちろん美味しかったですが、こちらのお店の味の方が個人的には好みでした。ベーグル以外のメニューも豊富で、スープやイングリッシュブレックファストなども店内で食べられます。

 

ナショナルギャラリーへ向かう途中、パレス・シアターを通りました。

ハリポの呪いの子が上演されています。

ハリポとこの劇場の雰囲気がなかなかマッチしていて、ハロウィーン感というか、魔法感?を醸し出しています。

 

ナショナル・ギャラリーに到着しました。広場のクリスマスマーケットも午前中から営業開始してます。

大英博物館同様、入場無料

 

さすが、在りし日の世界の覇権者イギリス、その威信をかけた素晴らしいコレクションです

傑作の宝庫ゆえ必見の名画でさえもはや把握しきれませんが、有名無名にかかわらず(いや、全て有名だろうけど)個人的にいいな、面白いなと思ったものをご紹介します。

 

まずはこの2枚。

宗教画は基本ありえない人智を超えた世界が描かれるので、SFチックになりがちですがこの2枚もそんな感じ。

 

建物を貫通して(穴があいて)頭上に届く宇宙光線にUFO感を感じる。

カルロ・クリヴェッリ「聖エミディウスのいる受胎告知」

宇宙光線は別にして、精密で装飾的で、中世らしい固さがあって、個人的にこういう絵は好きです。

 

次ももっとすごい。

この悪魔、あまりに斬新で一瞬、え、現代アート?と思ってしまいますが、約600年前に描かれた絵。

バルトロメ・ベルメホ「悪魔に打ち勝った天使ミカエル」

めちゃくちゃキャラ感のある、愛嬌を感じるロボティックな悪魔、とそれを見下ろすミカエルの冷たい目とうすい笑み。一度見たら忘れられない。

 

こういう構図、結構考えさせられる。

自らを正義と疑わない側は、悪と決めつけたものを情状酌量の余地もなく断罪する。そして、盲目的な正義の信奉者は思考停止に陥って、他人の置かれた状況にも痛みにも無関心。宗教画だけど現代に通じます。

 

さて、ナショナル・ギャラリーにはベルギーの巨匠ルーベンスの絵画もたくさん所蔵されていました。

その中で、最も気に入ったのはこちら。

ルーベンス「ライオン狩り」のスケッチ
躍動感と疾走感にみなぎっています

ライオンに襲われる馬と人の怯えた表情の描写も素晴らしいです

 

次はナショナル・ギャラリーのキッズたち。

ファン・オースト「11歳の少年の肖像 (Portrait of a Boy aged 11)」
ブルージュの裕福な家の少年の肖像画だそうで、ウールの生地感とか、髪の毛の描き方とか、とても繊細です。全体的に抑えた色調が、少年の物静かさを際立たせていました。

 

次は笑顔満面の子どもらしい肖像画

こういう顔だちの子供、ヨーロッパで見る!

ホガース「グラハム家の子供達」

幸せ絶頂に見えますが、一番左の赤ん坊のトーマスは、絵の完成前になくなりました。ホガースは背景左奥の時計のキューピッドに死の象徴の大鎌を持たせてこの絵を仕上げたそうです。

 

最後は、子供らしさよりもプライドが光るやんごとなきお子様たち。

ファン・ダイク「バルビの子供たち」
見よ、この強烈な選民意識。豪華な衣装ですら霞む、庶民を見下すような眼力が一周回って清々しい。

バルビ家所蔵の絵ですが、カラス(右下)が家紋の、ジェノヴァの有力貴族デ・フランキ家(知らんけど)の子供たちらしいです。

 

 

レンブラント部屋もありました。

「聖パウロに扮した初老の男」

レンブラントに関してはホームランドであるオランダが最も素晴らしい絵(夜警とか解剖学教室とか)を持ってますので、確かにこれでも十分すごいけど、やつが本気出すとこんなもんじゃないよね、という印象。

 

オランダつながりで、こちらもオランダの誇る名画家、フランス・ハルの「髑髏を持つ若者」

口よりも雄弁な右手の描写が素晴らしい

 

髑髏つながりで、次はこちら。

ナショナル・ギャラリー必見の絵画です。

ホルバイン「大使たち」

これは大迫力の絵。精力的な若い権力者の佇まいや、小道具が一つ一つ(ざっくり言うと、知性、教養めっちゃ高いよ、という意味らしい)丁寧に描かれています。それだけでも、素晴らしいんですが、この絵を有名にしているのは、中央の骸骨。

 

うーん、言われるとなんとなくわかるけど、なんかがいこつ、ちょっと違うくない?と思われると思いますが、是非下の絵を左右どちらからでもいいので、真横から覗いてみてください。

円筒投影して眺めるアナモルフォーシスという画法だそうです。

若さは一瞬であること、生と死は常に隣り合わせであること、を示すモチーフとして、若者と骸骨のコンビネーションは確かに好対照です。

 

次は、爬虫類系美女の大家、クラナッハ

「ヴィーナスに訴えるキューピッド」
盗んだ蜂の巣を手に、蜂に刺されて痛いわーとヴィーナスに訴えるキューピッドと、息子はとりあえずネグレクトしといて、謎の微笑みで鑑賞者を惑わすヴィーナス。人生の束の間の幸せは痛みを伴うもの、というラテンの格言を絵にしたものだそうです。

クラナッハはどうやらかわいい系少女も描けるらしい

「ある女性の肖像」

説明書きによると、クラナッハは理想の女性(ヘビ系美女)も実際?の女性もどちらも描いたそうで、こちらは後者。

5月のウィーン・プラハ旅行でクラナッハのユディト(ヘビ系)を見ましたが、素晴らしかったです。(ロンドン記の後、書いていこうと思います。)

 

次は、こちらもナショナル・ギャラリーのお宝の一つ、

ファン・エイク「アルノルフィーニ夫妻像」

技法、小物、緻密さ(鏡の中に映り込んだ画家自身も含めて)、全てファン・エイクの天才っぷりが遺憾無く発揮された絵、らしいですが、この絵の気になるとこってそこじゃない。

結婚式の場面なのに、この新郎の座った眼、1ミリも喜んでないじゃん。まるで、オーベルシュタインじゃん、これ。まあ、富裕層や特権階級にとって、結婚は権力や資金力の延長線、これくらいの義務感というか浮世の義理感がデフォルトなのかもしれません。

 

ナショナル・ギャラリーにはラファエロ部屋もあります。

カーネーションの聖母子」
隣の説明によると、ドレープの光と影の書き込み、肌の質感の変化、髪のベール、全ての高度の技術が、ラファエロの手にかかれば優しげな絵画になる、そうです。たしかに。

アレクサンドリアの聖カタリナ」
こちらも安定の柔らかさ。拷問小道具の歯車に寄りかかっても平安さ健在。

 

イタリア美女を描いたら、ラファエロに負けないのがボッティチェリ

ボッティチェリ「ヴィーナスとマルス
ボッティチェリらしい美しい絵。婚礼の記念に描かせた絵らしいです。

でも、なんかマルスが目覚めたら、ヴィーナスいなくなってそうにみえる。なんか、例えるなら「眠りかけた男達の夢の外で、目覚めかけた女達は何を夢見るの」っていう井上陽水の『最後のニュース』の歌詞みたいに。

 

そしてこちらは自立した女性の肖像画2枚。

ゲインズバラ「シドンズ夫人」

結婚の破綻とたくさんの子供達を抱えながら、英国を代表するシェークスピア劇の俳優になった女性。ただ、綺麗なだけじゃなくて、たくましさみたいなものを肖像画からも感じます。

 

ル・ブラン「麦わら帽子の自画像」

マリー・アントワネット肖像画も書いた画家だそうで、この自画像良い作品だと思います。希望と決意に満ちていて明るい。

 

この絵は同じナショナル・ギャラリー所蔵のルーベンスの代表作「シュザンヌ・フールマンの肖像(麦わら帽子)」から着想を得たそうです。

肖像画の中に、好きな歴史上の人物も発見。

シャンパーニュリシュリュー枢機卿

陰謀と騙し合いと駆け引きの天才ゆえ悪役というイメージが強いけれど、彼の全ての行動はフランスを大国にするというぶれない目的ゆえの方策であり、ブルボン朝繁栄の尽力者にして大政治家。

智略をフル活用して、不遇の時代も耐え、どんなに周りが足を引っ張っても命を狙っても、失脚しなかったしぶとさ、やっぱかっこいいなリシュリュー

 

フランス印象派もたくさん所蔵されていました。

ルノワール「雨傘」
ブルーブラックやブルーグレーの濃淡で描かれた絵。左の女性のように無帽で出歩くのは、当時は身分が低い証拠だったそうです。周りの人に比べて悲しげに見えるのはその背景ゆえかも。

 

モネ「睡蓮の池」
鬱蒼と生い茂る緑と水面で花を咲かせる蓮が太陽に照らされていて、これぞ夏という絵画。

でも蚊も絶対ここ大発生してるから。オランダも水辺が多いせいで蚊がやばいから、見ただけでわかる。そして網戸文化ないから(景観重視とかあほなの?)巨大蚊に刺されまくる。

 

さて、今回ナショナルギャララリーでやっぱりすごいな、と一番感動したのはこちらの画家。

かつてはオランダ人の恥、現在は誇り
フィンセント・ファン・ゴッホ

彼の絵を認めてくれたのは、生前は弟テオ一人のみ。今は、ゴッホの絵は世界中の人に愛され、オランダ、アムステルダムゴッホ美術館も最低二週間前でなければ予約できないほど人気です。よかったね、ゴッホ

魂の、エネルギーの吐露、としか表現できない圧倒的存在感

耳をそぎ落としたり、ピストル自殺したりと奇行が有名なゴッホですが、本人はいたって優しく内向的で純粋。娼婦にも農夫にも同情してしまう。

 

何をやってもうまくいかない、空回りばかりして、挫折ばかりして、人々に冷笑され、家族に呆れられ、それが苦しくて悲しくて、押しつぶされそうな感情を絵の具にして(実際はテオが買ってるけど)、希望を筆にして(これも実際はテオが買ってるけど) 表現した画家。

 

「二匹の蟹」
筆遣いがエネルギーそのもの。いい絵だなー。

「糸杉のある麦畑」
ゴッホが病院入院中1年間見続けた麦畑。麦も木も山も雲も、自分に向かってくる何かを逃そうとしてうねる。ゴッホの絵は色遣いが明るいから、重いけどムンクみたいな暗さがない。

 

あー、本当にすごかった。

 

次もなかなかショッキングな重い絵ですが、ナショナルギャラリーのとっておき。

ドラローシュ「レディ・ジェーン・グレイの処刑」

ジェーン・グレイはイングランド初の女王になりますが、在位9日で廃位され、幽閉の後処刑された人物。処刑時16歳でした。夏目漱石がロンドン留学中にこの絵をみて、小説「倫敦塔」を書いたそうです。自分の首置き台を確認しようと伸ばす手が悲しすぎる。

 

重すぎるので、最後はほっとする絵で。

ダヴィット「ヴィレイン伯爵夫人とその娘」
ナポレオンに愛された画家。親子よく似ていて、遺伝子をしっかり感じる親子の肖像画

 

奥のあの馬の絵もとても有名ですね。

 

時刻は12時過ぎ。大英博物館同様、まだ全然見きれていないけど、13時半の空港行きバスに乗らないといけないので、そろそろ出ます。

美術館を出ると、まず目に入るのがトラファルガー広場の華やかなクリスマスマーケット。と、物乞いの人。資本主義の両面が同時に集う居心地の悪さ。

オランダにももちろんいるけれど、オランダの物乞いの人たちは、いかに自分たちは貧しくて困っているかをプレゼンして、しつこくはないけれど、説得しようとする明るさがある。そして、ロンドンより人々はずっと気軽に小銭を差し出している。50セントとか25セントとか。自分の朝食用のバナナとかあったかいコーヒーとかあげている人もいます。

 

スーツケースを受け取って、バス停に向かいます。たくさんの人で溢れるオックスフォード・ストリート。

バス停はハイド・パーク沿いのマーブル・アーチ。

帰りのイージージェットも安定の1時間半遅れ。

しょうがないので、空港内をぶらぶらして時間を潰す。ルートン空港にもフォートナム&メイソンの商品が一通り揃っていました。

スキポールには結局22:15着。

インターシティとトラムを乗り継いで寮に戻ったら、23:30前後でした。

 

それではこれでロンドン旅行記終了です。次からは、ウィーン・プラハ旅行記を始めたいと思います。もし、宜しかったらまたお付き合いください。

 

 

ロンドン旅行記3の2。街散策。LSEからビッグベン、ウエストミンスター寺院、レミゼラブル

ロンドン旅行記3日目後半です。

大英博物館からウエストミンスター寺院へ行くのですが、その途中色々寄っていきたいところがあるので、歩いていきます。

まず、向かったのはこちら。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスLSE

現在までに55人の国家元首、18人のノーベル受賞者を輩出するイギリスが世界に誇る名門大学です。特に、ノーベル経済学賞においては、2017年時点で受賞者49人中13人がLSE出身者であり、経済を専攻する学生なら、誰もが憧れる大学の一つです。

 

LSEを象徴するオールドビルディングの正門

クリスマス休暇中なので学生はほとんどいません。学校がやっているときに
見学に来たいけど、その時期はこっちも授業があるため、なかなか難しい。

唯一、人が結構いたのはここ。

これが、あの有名な地球儀か。もっと近づいてみます。

オブジェ名は、The World Turned Upside Down(ひっくり返った世界)
南極を上にすると、海洋の大きさを改めて感じます。そういえば、水半球の中心点もニュージーランド付近でした。

これは、見慣れた世界を異なる視点から捉え直しなさい、というメッセージが込められているそうです。

www.lse.ac.uk

 

コンセプトは素晴らしいのですが、HiroshimaとKobeの位置が逆です。惜しい!

構内は地元の方のお散歩コースにもなっているようです。右のペンギンはLSEの愛されキャラ。

 

ビッグベンに向かうついでに、トラファルガー広場にも寄っていきます。

冬のモノトーンの街並みに赤いバスが映えます

ロンドンはブロードウェーと並ぶミュージカルの聖地。

ライオンキングを上演しているライセウム劇場(The Lyceum Theatre) が見えました

しばらく歩くとトラファルガー広場が見えてきます。

イギリスの英雄、ネルソン提督が広場を見下ろす

トラファルガー海戦でイギリスを勝利に導くも戦死。遺体は腐敗するので直ちに水葬する、という慣例に逆らって、ラム酒漬けにされて本国へ運ばれました。現在セントポール大聖堂に埋葬されています。そういえば、前日見学しました。

okuno.hatenadiary.com

素晴らしい戦績と人格者として今でも英雄のネルソン提督ですが、ちょっと頭の弱い美人に夢中だったのが唯一の不都合な真実、らしい。

 

トラファルガー広場の有名なライオンは4頭います。写真撮影の人気スポット。

写真に収めたい父と降りたい息子。子供からしたらこの台座は高くてこわいかも。

 

奥はナショナル・ギャラリー。こちらの美術館は翌日来館しました。

ではビッグベンを目指してまた歩き始めます。

 

トラファルガー劇場では、ジャージー・ボーイズを上演しています。

ジャージー・ボーイズは、ブロードウェーで是非見たい

久しぶりに映画「ジャージー・ボーイズ」見たくなりました。光と影と、これってこの人たちの曲だったのかという名曲の数々で、ミュージカルっていいなと初めて思った作品でした。

 

 

人だかりができていたのは、ホース・ガーズ(騎馬隊)の前。

 

黒い馬ってかっこいいですね。

馬が舌を出していて可愛かった。噛んだり蹴ったりすることがあります、ご注意ください、と看板にあります。そりゃそうだよな、置物じゃないもんな。

ユニクロ広告のバスが走ってました。ジャパンテクノロジー、みんなよろしく!

先月経営学の授業でスタディケースとしてユニクロZARAを比較しました。ファストファッション産業の中でも、H&MZARAなどと差別化をしっかり図り、服のインフラを目指すというブランドコンセプトや企業戦略など、授業で扱って初めて世界的に受け入れられている理由がよくわかりました。

 

ウエストミンスター駅までやってきました

この信号を左折するとビッグベンが見えるはず。

左の建物は、ビッグベンと同様、国会議事堂の一部であるビクトリアタワー。ちなみに、ビッグベンの正式名称は、エリザベスタワー。

角を左折したら、あ、見えました。

向こうから上半身裸の人歩いてくる。12月末のロンドンで皆の目を引いていました

 

先月(2022年11月)改修工事が終わったばかりなので、とても綺麗でした。

皆立ち止まってカメラを向けます

天気が良くなり日が差し込んできたら、輝き出した!さらに美しい。

土産物の屋台が周辺にたくさんありました。そもそも国旗ってデザイン性を競うものではないけれど、ユニオン・ジャックは突出してデザイン性が高いと個人的に思います。帽子にしても小物にしてもなんか様になる。

 

この地図によると、テムズ対岸にロンドンアイが見えるようなので、行ってみました。

 

おー、空がドラマチックで、皆で見とれる。

川側からみた国会議事堂。

議事堂内も見学できるのですが、今回は時間帯が合わなくて断念しました。

国会議事堂は元王宮なので、ウエストミンスター宮殿とも呼ばれています。知らなかった。

 

さて、来た道を戻ってニューパレス(新館)からオールドパレス(旧館)側にきました

確かに、これ城だ

目的地は道路を挟んだ向かいにありました。

ウエストミンスター寺院

英国屈指の格式を持つ教会で、現在の建物は1000年ほど前に、ヘンリー3世時代に建設されました。戴冠式は1066年からここで執り行われてきたそうです。

History | Westminster Abbey

 

それでは入っていきます。

入ってすぐは、The Nave(身廊。教会入り口から祭壇までの部分)とよばれるスペースが広がっています。

その側面にはたくさんの墓碑、記念碑が並んでいました。

従軍中に戦死した3艦長を記念した碑。大きい記念碑で目立ってました。

 

コーシー卿という方の墓。児童労働中?にも見えるよ、このデザイン!

 

動物がいっぱいの奇抜なデザイン。
イギリスは屈指の海軍を誇った国、やはり記念碑、墓碑ともに海軍の上官の方が多かったです。

 

そして、この身廊の中央には、

第1時世界大戦で犠牲になった無名戦士の墓

この花はポピーといって、戦没者追悼のシンボルだそうです。
なんでも、第一次世界大戦後、もう何も育たないと思われるほど絶望的に破壊された土地に次々にこの花が咲いたのが由来だそうです。

All about the poppy | Royal British Legion


無名戦士の墓の奥には、クリスマスの時期だったのでプレゼビオが設置されていました。

12月25日前なので、イエスはまだ海馬桶にいません

プレゼビオの奥にある通門?の左側には、もう一人の12月25日生まれの超セレブがおります

ある意味、科学界のイエス・キリストアイザック・ニュートン

万有引力を発見し、微分積分を生み出し(ライプニッツと同時期に発見)、光のプリズムも解明した知の巨人。一方で、前時代的な錬金術も死ぬまで大好きでした。

性格は天才にありがちで、決して褒められた人物ではなく、人間嫌いで高慢、猜疑心、嫉妬心、復讐心が異常に強く、自分に反論するものは叩き潰すまで攻撃する(この最後は、ニュートンに限らず今でもヨーロッパ人の共通の特徴だよね、と個人的に思うけど。小声)マジで嫌なヤツ。

 

天才は天災ってやつですね。

光も眩しすぎるんですが、影も暗すぎるんですけど、それが作用反作用の法則でしょうか。

この門を潜ると、クワイア(聖歌隊席)があります。

非常に厳かな雰囲気

 

一番奥はエリザベス2世が使用していたクイーンズ・シート

 

クワイアの先にはウエストミンスター寺院において最も重要な場所、主祭壇があります。

チャールズ国王の戴冠式もこの場所で行われました

 

赤い洋服が一際目立っていた墓碑

ネット中継でサッカーを見ていたドイツ人のルームメートと被る

 

王家の寺院なので当然王家の方が眠っていました

 

1503年着工のレディ•チャペル

イギリス中世建築最後の大傑作だそうで、天井がとにかく豪華です。

騎士団の旗も壮観

 

レディ・チャペルは名の通り聖母マリアに捧げられた教会です

 

墓所は現在満杯状態。右奥にある、赤の女王みたいな彫像がスカルを踏んでるデザイン面白い

詩人コーナーにやってきました。イギリスを代表する詩人の墓や記念碑がこの一角に集まっています。

ここをざっと見ただけでも、シェイクスピアの他、ジェーン・オースティンキーツの名前もあります。きっと英文学に詳しい方は全員知ってるんだろうと思いますが。

そういえば、クリスマスキャロルで知られる、ディケンズの墓もありました。

 

「お気に召すまま」の台詞 "All the world's a stage(この世は全て舞台)"とでも言いそうな飄々とした表情のシェイ氏。

 

回廊。すごく素敵でした

かつては修道士たちが話をしたり、勉強をしたりした集いの場所だったそうです。

 

戴冠式の椅子

1308年から、代々の国王即位式で使われてきたそうです。
もちろんキングチャールズも使用。

外から中庭と回廊を望む。柵のデザインも美しい。

ミュージカルが7時半からなので、一度ホテルに帰って休みます。

時刻は16時。冬のロンドン、すでに暗くなってきました。

疲れたので、帰りはウエストミンスター駅からチューブ利用

ホテルで少し休んだ後は荷物整理。レミゼが終わってホテルに帰ってくるのは23時近くだと思うので、明日のチェックアウトに向けて少しスーツケースを整理しました。

 

18時から夜の部開始。

夜ご飯は迷ったのですが、19時15分にはソンドハイム劇場にいたので、劇場に近く手早く食べられるお店で手を打ちました。

ということで、昨日と同じ、ワンケイ。

安い、早い、うまい、客の扱い雑、は中国流4点セット。といっても、接客は北京の飲食店に比べればずっとまし。

チキンとポークの2種類の肉がご飯の上に載っていて、中国醤油なんだろうか、甘めの醤油がかかっていてうまい。

6時30分には夕食終了。

劇場に行くにはちょっと早いので、ソーホーをぶらぶらすることにしました。

あ、辻利のパチもん発見!と思ったら正規のお店でした。

MachaもHojichaも大人気。

 

オランダをはじめヨーロッパでは、日本料理はとても人気が高いのですが、多くの店は中国系、韓国系の人によって経営されています。なので、オーソドックスな日本の味とかけ離れていて、中には残念すぎる店も少なくありません。需要を敏感に察知してビジネスチャンスをものにする彼らの逞しさは大したものですが、日本人にこそ本物の味でこの需要を活かしてほしいな、と思います。

 

街のあちこちでクリスマスマーケットが開催されていました

 

ネオン瞬くミュージカルの聖地、ウエストエンド

 

ソンデハイム劇場(これは翌日撮った写真です)

キャメロン・マッキントッシュ版のレミゼラブルは1985年ロンドン初演。それ以来ウエストエンド史上最長のロングラン上演。

開演20分前劇場に入りました。

真ん中のなかなかいい席でした

レミゼは本も読んだし、映画も観たし、なんなら帝国劇場でミュージカル(日本語)もすでに見てるしな、と思っていたのですが、始まった瞬間引き込まれました。本場の凄さ、半端じゃない。

歌に乗せた言葉は、聞き取るためにリスナー側に努力を多少なりとも強いるのが常ですが、あまりの滑舌の良さに話すように歌詞が聞こえます。それでいて、驚くほどの声量と演技力。この圧倒感、やばい。

特にジャン・バルジャンやジャベール、宿屋の夫妻が素晴らしかった。

幕間

ドレスサークル席の一番前は一家6人で来てました。最前列中央だと安くとも150ポンド(イギリス人の感覚で15,000円)はするだろうから、家族でくると900ポンドか。ミュージカルに900ポンド使えるってすごいな、と感心。

終演10時20分、一瞬でした。久しぶりに感動しました。

 

”いいからロンドン行ったら、レミゼは絶対観ときなさいよ”、と母がチケットをプレゼントしてくれたのですが、場所には特有の見ておくべきものがあるもんだな、と確かに思いました。多分、自分だけだったら、チケット代が面倒で行かなかったので、感謝しています。


ということで、ロンドンに行ったらレミゼラブル是非観てください。本当におすすめです。

 

この10周年記念コンサートも素晴らしいです。このエポニーヌ役は、今までで最も適役と言われているリア・サロンガ。1:20:45からのOn My Own は絶賛されてます。

革命の歌は、1:04:21から

 


www.youtube.com

 

いつみても、エポニーヌに対して、いや、マリウスさ、君が思うほどそんなよくないよ?それより命大事にしなよって思いますが。

 

ということで、途中マーク&スペンサーによって水を買って、23時ごろホテルに戻りました。宿が中心地だったのもあり、23時近くとも明るく人通りも多く、夜散歩も快適でした。

明日はとうとうロンドン最終日です。

 

それでは今回も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

ロンドン旅行記3の1。大英博物館

もういつの話という感じですが、(昨年12月です)、ロンドン旅行記再開します。

 

ロンドン3日目の朝です。

 

ホテル(大学寮)を出ると、向かいはロンドン大学、SOASが目の前です。

SOASで教鞭を取っていた教授に大学で英語を教えてもらってました。学歴ジョーカーやったら、ぶっちぎり優勝って感じの経歴にかかわらず、思慮深く腰の低い先生でした。

 

大英博物館到着。200万年の人類の歴史がこの中に所蔵されています。入場は無料。運営費は、イギリス政府からの助成金と寄付やチャリティによって賄われています。

 

ちなみに、2021年度大英博物館年次報告書によると、2021年度の収入及び寄付総額は、約1億1千万ポンド(2022年当時1ポンド155円として、約17億円)です。

https://www.britishmuseum.org/sites/default/files/2022-07/british_museum_ara_2021_2022.pdf

盗品博物館とも揶揄される

 

常設展示800万点という膨大なコレクション。

父は、院生時代、研究でロンドン滞在中、休みを全てここに通い続けたそうです。研究室と大英博物館以外どこにも行かなかったと普通に話すあたりが、浮世離れ感を醸し出し、あー、父らしいな、と思いました。

 

といっても、肝心の本人の感想は、

 

色んなものがあって興味深かった。

 

という、行かなくても言えるだろ、それ、という感想でした。

 

では、大英博物館の誇るエジプトコレクションから見ていきます。

アメンホテプ3世
エジプト絶頂期の王の一人。彫刻なのに指先まで神経が行き届いてます。圧倒的威厳。

正面からは、若干雰囲気が違って、まるで就活生のような好青年。

これもアメンへテプ3世。唇の厚さがあって、こちらの方が若干本人寄りらしいです。

ここに所蔵されている彼の像は、ほぼ全て彼自身の命令で作成されたそう。そういうこともわかってるって、後世まで残る言語の力ってすごいです。

 

まるで東大生(ラムセス2世)。エジプト最盛期の王。

こちらもラムセス2世。大英博物館所有の最大のエジプトの彫像。
90歳のご長寿であったらしい。子沢山。二百人くらい。えっ?

右胸に空いた穴はナポレオンが持ち帰ろうとして開けたらしい。説明書きによると、200キロ離れた地で20トンの一枚岩から切り出し運ばせたそう。確かにすごいけど、ピラミッドも同様、その労力、もっと富国に回せただろうに、と思う。(公共事業だったという話もありますが。)

為政者の希望と人々の希望が決して交わらない統制経済のなせる技。

 

早稲田生(アレクサンダー大王

この高田馬場にいそうな、そしてコミュ力高そうな彼は、かの有名な世界征服者、アレクサンダー大王

 

肖像によって別人。こちらはギリシャ風。

そもそも論として、どの彫像も本人に似せようとなど端からしてないのですが。

短い生涯と引き換えに、野心と才能で世界を駆け抜けた。

この人は歴史上でもぶっちぎりかっこいいですよね。

 

 

慶應生。あの、日吉ですれ違いませんでしたか?(トトメス3世)

トトメス3世は軍事の天才であり、戦士王として遠征を重ね、彼の統治時代にエジプト王国の領地は最大になりました。

 

お、ラブラドール発見と思ったら、ライオンだった。と思ったら、アメンホテプ3世だった。

なんでも、王者の象徴ライオンとファラオは一体化して半人半獣(スフィンクス)として描かれたりするけど、こんなふうに完全にライオン化されるのはめずらしい、と説明に書いてありました。

 

 

現代でも美人の域に入りそうな巫女の棺。
このあたりがミイラ製造技術が最高域に達したそうです。

ゲイヤー・アンダーソンの猫。猫はバステト神の化身として大事にされたそうです。今も昔も猫は大事にされる存在のようです。

ところで、この猫と後ろの女性似ていませんか。リアルマクゴナガル先生。

 

カテベットのミイラ

テーベ神殿の聖歌隊員だった女性のミイラ。交差した手には指輪も沢山つけていて、装飾が美しい。スキャンによると、ご高齢で亡くなった方だそうで、これは若い頃の彼女の姿なんだろうか。

 

神官のミイラ。
ずっと見てると、人としての気配みたいなものを感じる。

これは悲しい。子供のミイラ。スキャンにより、8歳から10歳くらいの少年だったそうです。

17歳の少女のミイラもありました。ヒエログリフで17年1ヶ月25日生きた、と記されていたそうで、実際それぐらいの年齢の少女であることがわかったようです。

 

娘が可愛かったんだろうなという親の思いが感じられる、可愛らしいデザインのミイラでした。

 

とんでもない数のミイラがあったのですが(大英博物館所蔵の亡骸、human remainsは6000体)、なにせ元ひと、その存在の重さに酔いそうなので、次に向かいます。

 

次は稀に見る美しい壁画が見つかっているネブアメンの墓より。ネブアメンは王の書記だった人物。

3000年の時を経て、この美しい色彩を見ることができるのは素晴らしい。

おそらく最も有名であろう、野鳥狩り
ネブアメン本人とその妻と娘、猫による共同作業

水面下の魚や様々な鳥、ガマの穂など、母なるナイルの豊かな生態系が感じられる。猫や鳥の動きもダイナミックでとても印象的に残る一枚。

 

ネブアメンによる家畜検査の様子
隊列になったガチョウや牛の描写が素晴らしい

下のヒエログリフには、牛の群れの先頭で跪いている人物が、後方の仲間に向かって命令しているセリフだそうで、しゃべるな、立ち去れ、ネブアメン様はおしゃべりが嫌いだ、と記されているそうです。tomb-painting | British Museum

 

産物運搬の様子。
四人の作業員が、小鹿、ウサギ、麦、野菜を運んでいる様子。小鹿もウサギもまだ生きてるよね、これ。

この壁画シリーズ、動物の描写が細かくて、目がつぶらでめっちゃかわいんだけど、動物好きの人が描いたんだろうか。

 

晩餐会のシーン。
上はカップルで出席。下は女性のみのパーティ。

給仕はおねえさんと少年たち。おねえさんの格好がだいぶセクスィーだけど、この時代は裸に対しておおらかな時代だったそう。ま、エジプト暑いしね。

それぞれの詳しい説明は大英博物館のこちらから見ることができます。

Collections Online | British Museum

 

ネブアメンの墓所の正確な場所ははっきりと特定されておらず、すでに失われたそうです。

 

これらの壁画は全て大英博物館が誇る傑作コレクションの一部です。盗品だろうがなんだろうが、ここまで管理保存してくれるなら文句ないなと思いました。

 

文化財返還問題もありますが、原産国が必ずしも専門のエキスパートを雇えるわけでも管理能力に優れているわけでもないので、(政乱のどさくさで行方不明になることも十分考えられる)、大英博物館ルーブルは人類史というロングスパンで見ると最も妥当な保管場所の一つだと思います。だからこそ、火事とかにはほんと気をつけてほしい(素人に言われんでもしてるだろうけど)。

 

小さい頃ファーブル昆虫記にハマったので、スカラベ(フンコロガシ)はいまだ気になる。

玉(太陽)を転がすスカラベは再生、復活の象徴

現存する最も大きいスカラベ彫刻の一つ、と記されていました。全長153センチ。

とここまできて、ずっと気になっていたこと

ロゼッタストーンどこだ?

何回回ってもないので、館内の職員に聞いたところ、

あ、ロゼッタストーンは有料エリアよ。

なんでも、ロゼッタストーン解読200周年をセレブレートする特別展示のために有料エリアに展示以来始めて移されたそうです(移すなよ!)

ということで、残念ながら見れず。

 

 Coffin of Gua

ヒエログリフで死後の世界への行き方や、供物リスト(この時代の考えによると、魔法のように本物の食べ物に変わり死者が食事に困らない)などが書かれている。旅立ちのために至れり尽くせり。

エジプト文明、小物類もなかなかオシャレです。

スカラベとか守護神とかのペンダントトップ

これネックレス?みたいなやつ普通に女子受けしそう(知らんけど)

ミュージアムショップのレプリカでも大人気。ホルスの目シリーズ。


丁寧に見てると、古代エジプトRoom4だけで1日終わるだろうなという膨大なコレクション量でした。

 

次はアッシリアエリアに向かいます。

古代アッシリアの人面有翼獣
このライオンズはね、キングをプロテクトするマジックの意味で、キングズルームに続くこのドアー(写真奥)のフロントにインストールされていたんだよと、このお父さんも息子にきっと説明中。

脚が5本ありますが、前からみると脚2本。横から見ると4本。別々に見ることを考えて作成されたようです。

精緻にびっしり彫られた楔形文字。何書いてあるんだろう。Google翻訳に掛けたくなる。

 

よく見かけるアッシリアレリーフの一つ。ワシの頭を持つ精霊。
筋肉もりもりの軍人風の彼は、見かけに反していつも植物のお手入れをしているギャップ萌えのヤツ。これはナツメヤシ。なんでも、植物に恵みを与える精霊らしいです。

下段、勝者の顔で、右手を上げてるのは占領した都市に入城する王。
上段は押収物の羊と捕虜そして監視兵。

監視兵の余裕の表情に比べて捕虜の表情はやっぱ暗いー。2750年前の彫刻師の方、ちゃんと表情まで彫り分けたんですね。

 

アッシリアの王の一人。アッシュル・ナツィルパル2世。前出のライオンズがいた王宮の主人。

 

これらが発見されたニルムド遺跡はアッシリア滅亡後、完全に地に埋もれたそうです。それから2500年後の1845年、外交官にして歴史家、オースティン・ヘンリー・レヤードによって発掘され、彼のピックアップで目ぼしいものは大英博物館へ。

発掘の様子。王宮の壁画や、彫刻の頭がごろごろ見つかる

 

2015年、ニルムド遺跡は偶像崇拝の対象としてISIL(イスラム国)によって破壊されました。これらをイギリスに運んでおいたオースティン、結果的にまじでグッジョブ👍

www.bbc.com

 

 

 

さてここまで2時間弱。これだけ見ても、正面入ってすぐの左の展示室数室をウロウロしただけ。どんだけ広いんだ。ここは。

もう疲れたよ、サンタマリア。

 

 

ここからはサクサク進みます。古代ギリシャ、ローマセクション。

ギリシャの壺シリーズ。進化順。

この幾何学様式はアテネの壺の特徴だそう。そうなんだ。

壺の注ぎ口の模様が、ラーメン丼の模様を彷彿させるな、と思ったら、やっぱり雷のデザイン。ギリシャ雷文というそうです。

 

これは黒絵式の壺。模様を黒で描くスタイル。

こちらは赤絵式。ヘレクレスとライオン。

時代が進むと、絵付けもどんどん豪華に。

ギリシャ彫刻ももちろんたくさん

おっと、こんなところにジュードロウ発見

 

野球帽をかぶってヤンキーススタジアムでビールを飲んでそうな雰囲気も醸し出す彼は、アテネの全盛期を率いた名将軍にて名政治家、ペリクレス

こちらはローマ皇帝ルキウス・ウェルス。義父で五賢帝の一人、マルクス・アウレリウスと共同皇帝でした。

次は、今月(7月)がバースデーボーイであるかち割れのこの方

伝説の男、シーザー。ご存知の通り、July は彼の名前ジュリアスから。
(説明に、多分シーザーって書いてあるけど)

ときたら、こちらはAugustの語源、アウグストゥス

実物サイズのアウグストゥスも。

等身大サイズで、さらに目にガラスと石を用いてるからより生きてる感じが増した、そうです。紀元前25年〜27年にエジプトで作られ、1910年スーダンで見つかり、渡英しました。
遠征ご苦労様。

ここでちょっとカフェで休憩。

一律3.35ポンド。焼き菓子が並んでいます。

2023年7月2日現在の為替レートだと1ポンド=183円くらいなので(昨年12月は155円くらいでした)、3.35ポンドだと600円強。このマフィンに600円は個人的には出せない。円換算すると最近は購買欲が失せる毎日です。

でも、イギリス人にとっては、1ポンドは体感日本の100円なので、彼らにとってこのスウィーツは335円となり、カフェ値段としては普通にありなんだろうなと思います。円安つら。

 

ラテを買いました。美味しかったです。

それではまた博物館見学再開です。

古代ヨーロッパセクション
人類の歴史はいつだって戦いの歴史

金貨(奥は銀貨)がまばゆい。今でも、テムズ川底は掘ればザクザクだと言われてます。

 

アングロサクソンセクションには大英博物館の目玉展示の一つ、

ルイス島のチェス駒があります。

12世紀に作成され、駒はセイウチの牙でできているそうです。

この独特の表情が世界中の人をツボらせる

Photo from the British Museum

https://www.britishmuseum.org/collection/object/H_1831-1101-84

 

こちらはビザンツ帝国東ローマ帝国)セクション

ゴールドのボディチェーン

ビザンツ文化は装飾がとても美しい

この時点で14時近く。16時までにウエストミンスター寺院を見ておきたいので、日本セクションを見て帰ることにしました。

 

埴輪

ソンブレロを被っていらっしゃるのでメキシカンかと思ったら、日本の方でしたか。

 

静かな威厳で東洋の神秘を感じさせる、文殊菩薩

日本コーナーはいつもとても人気で、なぜか誇らしい

 

出てきました。疲れた。

父ではないけど、見るべきものがありすぎて、感想が色々あってすごかった、になりそう。

記念撮影中の一家は、ベビーカーに携帯を固定して記念撮影。ほう。


今生きてる自分たちって、これらを礎に人類の歴史の最前線を歩いてんだな、と思いました。

見きれなかったものがあまりにもありすぎるので、ここはいつか再訪したいと思います。

 

それでは、今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。