オランダ留学記

トラブルが寄ってくる体質。2022年8月から2023年7月までオランダの大学に交換留学にきています。純ジャパ。

ウィーン・プラハ旅行記1。トラベルはトラブル。ウィーンの夜道で立ち往生

早いもので日本に帰国して3ヶ月経ちました。

大学も10月から授業が始まりました。それにしても、この1年間で日本のインフレはかなりだったんですね。大学近くの焼き鳥屋さんの焼き鳥の値段が、80円から120円に上がっていました。150%上昇ってやばいです。

 

さて、夏休みは長期のプログラムに参加したり、コロナに罹ったりとブログを書いていなかったのですが、2023年5月18日から23日まで行ったウィーン、プラハ旅行の記事から再開したいと思います。よかったらお付き合いください。



 

出発日の5月18日はキリスト昇天祭でした。この日はベルギーやフランスなど他のヨーロッパの国同様オランダも祝日でした。もちろん、オーストリアもです。(ここ一番大事)

 

14時過ぎに大学最寄りのオード・プランタージュ駅を出発。この駅、いつも使ってたのでなんだか懐かしいです。

ロッテルダムセントラル駅で乗り換えて、スキポール空港を目指します。

このとき乗ったインターシティは新車両でとても綺麗でした。

スキポール空港は激混み空港として有名なので余裕を持って行ったら、EU域内移動ということでさくさくチェックインできて、15時半過ぎには出国エリアに。17:40の出発まで2時間もあるんだけど。

しょうがないので、エリア内をぶらタモリ

鮮やかな青いユニフォームはオランダのフラッグ・キャリア、KLM(オランダ航空)のもの。

ロッテルダム市内でもこの制服を着て通勤退勤中の職員の方を日常的に見かけました。KLMの制服とスーパー、アルバートハインのバッグは青いからよく目立ちます。

 

オランダといえばチューリップ。空港でも球根が販売されています。

ちなみに左の前列はオランダ土産の定番の一つ、木製のチューリップ。そして奥に陳列されているのはチューリップの切花です。ヨーロッパは花を送り合う文化があるので、移動が数時間のEU圏内だと、確かによいオランダ土産になりそう。

 

ここに来ると、とりあえず場所と飲み物(と安全)をいつもの手順で確保できるという意味で、スタバはもはや世界のインフラ。

 

アムステルダム〜ウィーン往復は、オーストリア航空を利用しました。機内は、オーストリアの国旗を彷彿させます。

17時40分出発予定ですが、搭乗開始は17時30分過ぎ。当然ながら遅れる。

チケット代は日本円で往復3万円ほどでした。色々格安チケットを探したのですが、吊り値段には手数料や燃料サーチャージなどが別になっている場合がほとんどで、あるあるですが全てを加味すると結局空港会社から直で購入するのが一番安いということが判明。

やっと離陸しました。

左に見えるのは、アムステルダムと北海を結ぶ水上交通の大動脈、北海運河。河口には欧州最大規模の排水設備(アイマウデン閘門)が目視できます。

上空から一望する運河群。オランダにいると運河、水路は見慣れた光景であるものの、空からみるとやっぱり圧巻です。

水と生きる、はサントリーのキャッチフレーズですが、むしろこの言葉はオランダに捧げたい。

 

スキポールとウィーン間の飛行時間は1時間50分でした。

オーストリア航空の機内サービス、チョコレート1個。以上。

 

高度が下がるにつれてどんどん緑が濃くなってきました。久しぶりに森らしい森を見ました。内陸に来たことを実感します。

 

ヨーロッパは強い偏西風の影響下にあるので、世界的にみて風力発電が非常に盛んな地域です。なのでオランダも含めて農業地帯では、風力タービンが林立しています。

 

19時40分にウィーンに到着。

 

入国にどれくらいかかるかなと思っていましたが、そういえばEU域内。チェックも一切なく、あっという間に10分後には到着ゲートへ放出されました。

 

ウィーン国際空港は、賑やかなスキポール空港に比べると地味で小ぶりな感じの空港でした。

 

この時点で20時過ぎ。予約しているアパートのチェックインは22時までなので、余裕で間に合うとは思いましたが、とりあえず最速かつ簡明なシティエアポートトレインを利用してウィーン・ミッテ駅まで移動することにしました。

専用のプラットフォームもあり、さらに降車するウィーン・ミッテ駅がターミナル駅なので、ウィーン初心者及びドイツ語弱者に優しい仕様。その分料金は高いけど。

 

列車内。清潔ではあるけれど特筆事項なし。

ウィーン・ミッテ駅から隣接するラントシュトラーセ駅に移動して地下鉄4号線(U4)に乗り換えます。

打刻機。ヨーロッパあるあるですが、改札がないので自分でチケットを打刻しなければいけません。

これをうっかり忘れて検札に引っ掛かるとなかなか高額の罰金(最低105ユーロ)が課せられます。

 

U4に20分ほど乗って、10分歩いて、9時半には宿泊施設に着けるはず、荷物置いたら速攻夕飯に行こう、とこのときは思っていた。

ウィーンの地下鉄の印象ですが、乗っていて思ったことは、なんか居心地悪いなということです。移民街を走る路線であること、時間帯が遅めというのもあるのかもしれませんが、とにかく乗客の視線を四方から感じました。また、決定的なものがあったわけではありませんが、なんか人に余裕がないような感じを受けました。

 

今回はウィーン15区にあるアパートメントハウスに3泊予約しましたシェーンブルン宮殿まで徒歩で15分ほどで行け、一泊80ユーロくらいと観光都市ウィーンとしては値段も安かったです。

 

最寄りはランゲンフェルトガッセ(Längenfeldgasse)駅。移民多めの労働者階級地区のようです。駅に降り立つと真っ暗(ヨーロッパあるあるですが)で、壁はスプレーによる落書きだらけ、警察署もスーパーも明かりは消え、煌々と光るのは大麻の自販機のみ。建物の奥の暗闇で人影がちらほら見えるのが逆に怖い。ウィーンの治安は悪くはないとはいえ、人まばらな道を21時半にスーツケースをごろごろ引いて歩くのは結構緊張しました。

 

5分ほど歩くと、明るい交差点に出て、そこまで来るとアパートメントホテルの入っている建物までは50メートルほどです。事前に教えてもらったパスコードを入り口の門で入力して無事入館。あとは、部屋に入るだけ、と部屋のドアに再度パスコードを打ち込んだところ

 

Unauthorized Passcode!(パスコードは無効です)

 

えっ、おっと、疲れていて間違ってしまったぜ、と再度入力。

Unauthorized Passcode! (パスコードは無効です)

 

え、別のパスコードあったっけ?とメールを読み直したけれど、

 

「このパスコードを入力して門とルームのドアを開けてね!それじゃよいウィーンステイを!何かあったらスタッフがいるから、22時までは以下の電話かWhatsAppに連絡してちょうだい!マリアより」

 

というような内容だったので(実際はもっと詳細に書いてましたが)、パス無効でドア開かないんだけど、という旨を書いて連絡を試みるも、WhatsAppまさかの全既読スルー。

 

まじかよ。電話をかけたくともオランダの通信会社の携帯からは掛けられません。とりあえず22時近くまで待ってみたものの、連絡はついに取れませんでした。

 

これだよ、ヨーロッパ💢!日本じゃ客のメールに既読スルーありえないから!!

 

と心の中で愛国心が着々と育まれていくのを感じつつ、次の一手を考えます。このままでいくと、気温8度の薄暗い廊下でアジアンホームレスになる。それはなんとしても避けたい。

 

幸い、ブッキングドットコムで最寄りのホテルを探したところ、先ほど降りた駅周辺のホテルに空きが1室のみあったので、速攻そこを予約しました。

 

1泊約150ユーロでしたが、抗議して会社側に1泊の返金と新たに予約したホテル代の差額を払ってもらいました。といっても、ここはヨーロッパ、物事がすんなり進むことなど10に1つもあるわけはなく、めんどくさいやり取りが延々と繰り返されます。(それでも、この会社は返信をしてくれて返金をしてくれたのでマシな部類です。抗議を無視してノーリプライという対応も普通にあります。)

以下、メールのやり取り

パスコードミス、そっちの責任です。SNSも時間内なのにスルーしたし。返金と差額払ってください。

 

あなたにとってそれは確かに不幸だった。でも、あなたは電話しなかった、電話なら対応できたのだから、私たちはあなたにお金を払わない。

 

いやいや、外国人だから電話使えなかったんです。代わりにSNSで何度も22時前に連絡しましたよ。

 

私たちはSNSは夜に確認しません。

 

いいえ、あなたたちは確かに確認したのにスルーしてました。証拠のスクショ送ります。

 

。。。上司に確認し、今回は特別にあなたに対して一泊の返金に応じます。

 

いやいやいや、ホテル宿泊の差額もそちらが払うべきです。だって、そちらがパスコードミスしなければ、予約せずにすんだ予約です。

 

上のやり取りを見ても分かりますが、彼らのパスコード設定ミスは"あなたにとって不運だった"のであって、彼らは決して"私たちが悪かった"とはいわないのです。何故なら謝ることは、全過失を認め、全責任を負うことになるからです。

 

その後しばらく返信がなかったため、5度ほど催促した結果、やっと差額も払ってもらえることになりました。こういうやり取り、時間も気力も取られるので好きではないのですが、権利を主張しないと損を押し付けられる。自分を守るために主張し続けなければいけない。それがヨーロッパで暮らすということなんだと思います。

 

若いうちに留学して海外と対等にやっていける国際感覚を学んで来てください、とよく日本で言われましたが、ヨーロッパ流の世界と対等にやっていく術とは、自分のマージンを死守するための主張や押しの強さを体得するというのと同義じゃないかと思います。西洋人の利害が関わったときの態度の変貌ぶりは日本人の想像を超えます。

 

ヨーロッパはため息が出るほど美しい国が多く、豊かな文化が存在し、食べ物も美味しく、素晴らしい人々もたくさんいますが、基本自分を守るための闘いが絶えず繰り広げられている精神的戦場でもあると思います。

 

さて、ちなみに後で調べたのですが、こういうアパートメント型の宿泊施設の場合、コードエラーで部屋に入れないケースは結構あるようです。移動のため無理なこともありますがなるべく早めに宿泊施設に着いておく、あるいは夜が遅い場合はホテルに宿泊するなどして、トラブルを避ける必要があるな、と感じました。

 

さてさて、ホテルが確定したので、先に夕飯を食べにいくことにしました。

疲れたから肉だ!と思い、徒歩10分ほどのこちらに向かいました。

 

ウィーンのスペアリブの名店

Mariahilferbräu

https://maps.app.goo.gl/AnEdDLVbrETK5YvK8

 

しかし、

本来はやっているんですが、今日は祝日だからもう閉めるんです、と言われてしまいスーツケースをごろごろ引きずりながら次の候補へ。

 

深夜0時までやっている、美味しくて手頃とこちらも大人気のお店です。

Gasthaus Quell

maps.app.goo.gl

 

しかし、

ドアには祭日なので本日休みます、との張り紙。祭日って飲食店のビジネスチャンスなんじゃないの?と日本やアメリカ的思想では思いますが、ヨーロッパは家族のため自分のための日ということで日曜祭日は基本店を閉めてしまいます。

 

そういうことで、入れるはずの部屋に入れず、夕飯に向かうも2軒振られ、石畳と相性のこの上なく悪いスーツケースを1時間がらがらと引きずった日本人青年は22時半、祭日のウィーン移民街に、絶望と疲労を滲ませしばらく佇んでいたと伝えられています。

 

しかし、青年は先ほど通ったアパート近くの明るい交差点にレストランがあり、人が食事をしていたというのを思い出しました。

 

ということで移動開始。

Das Eduard

maps.app.goo.gl

まだやってますか?と聞いたら、やってるよ!どうぞ!

 

まじか、よかった!

 

灯がともる店内で席に座れることにしみじみ幸せを感じました。

幸福の閾値が下がると、小さなことに喜べていいですね。花にも和みます。

 

ウィーン名物、シュニッツェルを注文したのですが、ポークは売り切れてチキンのみでした。残念でしたが、チキンで注文。テイクアウトで、これもウィーン名物、アップルシュトゥルーデル(ウィーン風アップルパイ、写真奥)も注文しました。

チキンのシュニッツェルはいわば普通のチキンフライですが、パン粉が細かいからかカリッと歯触りが良く、胸肉は柔らかく美味しかったです。

そして特筆すべきは、このウィーン風ポテトサラダ。

今後はポテトサラダはこれ一択でいいというくらい美味しかったです。ビネガーがしっかり効いていて、ベーコンの塩気もちょうどよく、レタスリーフともとてもよく合いました。これだけでもまた食べに行きたいです。

 

皆楽しそうに会話していて、ご飯も美味しくてよいお店でした

 

ホテルに着いたのは24時。シャワーを浴びた後は、いつの間にかベッドで落ちていました。この旅で一番疲れたのがこの初日でした。

 

次回からは、世界を魅了するヨーロッパの美しい風景をたくさんご紹介していきたいと思います。今回もお付き合いいただきありがとうございました。